
1938年氷見大火 北日本新聞WEBUNより
氷見の100年
100年前からの氷見について学芸員の方にお話を聞かせていただきました。
100年前の富山はちょうど米騒動が起こった年ですが、氷見は漁業で街の経済がすごく潤っていたそうです。
しかし、氷見の街では82年前、1938年(昭和13年)9月6日の「氷見大火」によって街の人の生活が大きく変わってしまいました。現在、弊社社屋がある伊勢大町や本町、南大町を中心に約2600件中1500件の住宅が全焼してしまいました。原因は寝タバコによる火災が台風のよる強風の影響で早く火が回ってしまったからだそうです。
「氷見大火」後、街は区画整理され、4,5年以内には特別金利政策によって次々と家が建ち、復興していきましたが、それ以降は戦争による影響で材料やものが手に入らず、若者も街にいないため復興が進まなかったとのことでした。
戦争が終わり、時代が変わっていく中で、昭和20,30年代はその地方ならではの生活様式、いわゆる氷見らしい生活だったみたいですが、昭和40年、いまから約50年前ほどには全国どこでも似たような生活様式となり、氷見も同じように変わっていったそうです。
家庭用エネルギーはというと1950年代後半ごろから家庭用プロパンガスが急激な勢いで全国に普及していきました。それまでは薪、炭、練炭が主流だったことから創業当時からプロパンガスが普及し始めるまで、弊社は薪、炭、練炭を売っていたということになります。
次は弊社の50,60年前を知る方々に当時の様子を聞いていきたいと思います。
三ノ宮一貴